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血文字のポエムは本気の証

 湿った空気が身体に纏わりついてくるような暑い昼下がり。もはや見慣れてしまったと言っても過言ではない農村の光景に違和感が1つ。

 ーー私の家の前で手招きをする少女がいた。

「HELLO」

 挨拶もそこそこに、彼女は上機嫌で1通の手紙を渡してくれた。差出人に全く心当たりが無いので直ぐに手紙を開く。もしベンガル語の手紙だったら目の前の彼女に読み上げてもらえば解読の手間が省けるからね。

「うわ……汚い字」

 およそ人に読ませることを念頭においたとは思えないファンキーな文字が紙の上で踊っていた。封筒には手紙の差出人であるお坊さんのドヤ顔写真が同封されている。

「何これ?」

 この人には見覚えがある。確か修行のために外国に来たとかなんとか。はるか昔、三蔵法師もこの地にいたと聞いたことがあるし、メジャーな修行地でもあるのかもしれない。ただ、「オレが1番カッコよく見える角度」を追求した写真を撮っているあたり、彼の修行は上手くいっていないらしい。どうして髪を剃って袈裟を着たのか、出家する時にどんな約束をしたのかよーく思い出してと声を大にして言いたい。

 それでも、いちおう手紙の内容は確認しようと目の前の女の子に助けを求めた。

「なんて書いてあるの?」

 彼女は文面そのものには興味が無いらしく、

「彼はあなたが好き」

とだけ教えてくれた。マジか……。

 女だからという理由で身に降りかかる災難。それらを避けるための努力は怠らなかったつもりだった。

 髪は母親が悲鳴をあげるほど短く切った。どんなに暑い日でも、たとえ服の中が汗で大洪水になろうとも長袖の上着で体のラインを隠してきた。もちろん化粧などしていない。というかスキンケア用品すら持ってきていない。私の肌、大丈夫かな……。

 そんな数々の努力に大した効果が無いと証明したのが煩悩満載ラブレター。

 手紙の配達人である女の子はショックで無言になった私を一切気にしなかった。いいけど。彼女はどこまでも楽しげな様子で手紙の末尾、署名の右側に付いた赤茶色の点を指し示す。

「ここ? なにこれ? 拇印?」

 ジェスチャー込みで説明してもらった赤茶色の点の正体は、

「彼が……自分の……血をつけた!?」

 待って待って。これ血判状ってこと? こわいんだけど。

 目の前の女の子が首を右側にちょこんと傾ける。このジェスチャーが日本式に「分からない」という意味だったら良かったけれど、表情から察するにバングラデシュ式の「イエス」であることは明白だった。

 どうしよう。いらない……。

 誰のためにもならない手紙の処分方法に考えを巡らせていると、彼女はバッグからもう1通手紙を取り出した。そして今までとはうって変わって恥じらいの表情をを浮かべ、

「私が貰った手紙」

そう言って中を見せてくれた。君の笑顔がどーたらこーたらと書いたポエミーな手紙の送り主は、私もよく知る村の男の子。

「おぉー。青春してるね……。最後の名前が血文字じゃなければ」

 痛かったのか、それとも単に書きにくかったのか、血で書かれた署名はさながらダイイングメッセージのよう。赤から茶色へと変色したサインを彼女はうっとりとした表情で見つめ……。

 うん、なんか事件始まりそう。探偵が出てこないと解決しない系のやつ。


 まあまあ大きめのカルチャーショックを味わわせてくれたこの手紙たち。詳細は調査するまでもなく判明した。

「だってみんな超おしゃべりなんだもん」

 バングラデシュ人の口に戸は立てられないというか、黙ってたら体調崩すと言われても驚かない。でもまぁ、そのおかげでいくつかのルールがあることが判明した。

  • 手紙のやり取りは期間限定で活発になるイベント。
  • 男女どちらから手紙を出してもOK。
  • 直接手渡しは厳禁。
  • 手紙の血は本気度の表れ。

ということらしい。つまり私が貰った血判状よりも、村の女の子が貰ったダイイングメッセージの方がランクが上というわけ。悔しくない。全然悔しくないって。

 村にはこの時期限定でポエム屋まで出店していた。本を買って丸写しするのもアリなのだろうけど、バングラデシュ人は創作が得意な人がとっても多い。イベント期間中は普段よりさらにポエマーが増えた気もする。

「さすがタゴールを崇拝する国。言語運動が国の独立のきっかけになった国。みんな文学的素養がとっても高い」

と表向きの感想を述べてみたところで、そろそろ本音を言ってもいいかな?

「チョコがポエムに変わっただけで、日本のバレンタインと全く同じ空気じゃん!」

 こんなに蒸し暑いバレンタイン気分があるとは知らなかった。世界は広い。

 どうやら手紙は秘密裏に送られるものという共通認識があるようで、この時期の村では男子も女子もあちこちで内緒話をしていた。直接手渡し禁止というルールに則り、みんな信頼できる人に手紙を託して送り届けてもらうらしい。

 ただ、男女の相関図は簡単には繋がらず、手紙は友達の兄弟の知り合いの姉妹といったふうに何人かの手を介して届けられていた。

「誰が誰に手紙を送った」なんていう情報は本来トップシークレットであるはず。でも、仲介人たちは揃いも揃って超がつくほどのおしゃべり達。いちおう言いよどむ素振りは見せるものの、わりと簡単に喋っちゃう……という現象が村中で起こっているので秘密はダダ漏れ状態だった。

「これだけ話のタネにされて思春期の少年少女たちのメンタルは大丈夫なの?」

 好きな相手に送ったポエムが村中で拡散とか自分だったら耐えられない。


 浮かれた空気漂う村で思いつめた表情をしている少年と目が合った時、「あ、これはヤバいかも」と嫌な予感がした。

 恋する若者は時にとんでもない行動力を発揮するし、それに巻き込まれた人は苦労するのがお決まりのパターン。脇役の宿命と言ってもいい。

 だから、少年が手紙を握りしめて私の前に現れた時は正直身構えた。

「これを、渡してきてほしい」

 はじめは断るつもりでいた。こういう祭りは傍観者でいるに限る。

「あの、私……」

 最後まで言いきる前に、うっかり彼の真剣な眼差しを見てしまった。間違いなく、NOと言ってしまったら将来何度も思い出して悶々とするパターンのやつだ。

「……分かった。OK」

 受け取った手紙は汗で少し湿って皺になっていた。「ありがとう」と言って白い歯を見せて笑い、少年は走り去っていく。

 少なくとも、あの時こうすれば良かったと思い悩む必要はなくなった。あとは全力を尽くすだけだ。


「さて、どうやって送り届けようかな」

 知り合いに託すという手は極力使いたくなかった。うわさ話にも飽きてきたから新たに話題を提供するのは避けたい。となれば……

「直接お届けに上がるしかないか。そんなに仲良い子じゃないけど、まぁ大丈夫でしょ」

 余所者の私はとても目立つ。だけど、余所者だからこそ私はどこにいてもそんなに不思議だとは思われない。村に来て間もないころに物珍しくてあちこち見て回っていたことがこんなところで役に立とうとは。

「さっそくお役目を果たしに行きますか」

 思いのこもった手紙をバッグに入れて、配達先であるお嬢さんを探すべく踵を返した。

「あー、いたいた」

 間が悪いことに隣にはお母さん。ラブレターを渡すシチュエーションとしては相応しくない。

 適当にその辺の写真を撮りつつ手紙をわたす機会を待った。わりと長いこと待った。汗が目に沁みても辛抱強く待った。

「今だ!」

 お母さんガードが外れた隙を見計らって目的の女の子に手招きをする。最初は訝しがっていたけれど、カバンから手紙を取り出したら得心した様子で物陰まで来てくれた。

「はい、これ」

 確かに手渡した。御役目完了。少年よ、君の想いは届けてあげた。私に感謝するがいい。

 少年の想い人は手紙をその場で開け始めた。ここは見ないでおいてあげるのがマナーというものだろう。

 だけど、あまりにも衝撃的な光景に、逆に目が釘付けになってしまった。

「全文血文字……本気度MAX」

 本文から署名までビッシリの血文字。愛というより呪いの文言が並べられているのが相応しいんじゃないかというビジュアル。超重量級の想いの伝えかた。

「良かった、ね?」

 引きつった顔のままで彼女に問う。すると、困ったような、寂しそうな、複雑な表情をしていた。


 それからしばらくして少年の想い人が結婚したという話を聞いた。相手は20歳上の人だという。

「少年に勝ち目はなかったか。日本にも、稼いで本国の若いお嫁さん貰いたいですって人たちが来てるもんなぁ」

 親の意向がガッツリ反映されるバングラデシュの結婚事情。男の子ならまだしも、女の子で親の意見を突っぱねるというのは想像すらできない。

「最終的に親が決めた結婚に従うのが分かっているからこそ、お手紙イベントは黙認されてきたのかも」

 よくよく考えてみたら、あれだけウワサ話になって家族の耳に入らないわけがない。

「子供たちも、面白がってウワサしている人たちも、全部分かった上でやっていたんだとしたら、ちょっと切ないラブレターだったな」

 想いを血文字でしたためた少年も、叶わないと知りつつ書いたのかもしれない。彼に今後良き出会いがあるよう祈らずにはいられなかった。

「そうだ。祈ると言えばあの坊さん……」

 元々あって無かったような好感度が思いっきりマイナスに振りきれる出来事があったけれど、あえてここには記さない。こういう人がいるから真面目に修行している人が割を食うんだろうな。本当に気の毒な話だ。

「もう心置きなく手紙燃やせるわ」

 むしゃくしゃしてこの世から跡形もなく消し去ってやった。後悔は微塵もない。

 

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